身近なところが、すべて社会だったのでしょうね

雨というと、蒸し暑いこの雨には、源氏物語の夕顔がマッチするのです。気候は変わっても、地形は変わりませんから。こんな状態だったのだろう祖想像します。ただ、源氏物語は、狭い狭い洛中が、社会すべてなので、短期間に、相当な濃い経験ができた時代でもあるっでしょうね。移動距離が短いのです。
最高の都会ですよね。だって、ほしいものは、すべて近くで手に入るし、行きたいところも、好きな人もすぐ会えるし、移動距離が短いのです。
そう思うと、源氏が須磨、明石に流されることがありますが、相当に遠いところです。須磨も、明石も。電車がないし、京都とは風景が違います。あちらは、美しい海が広がっているのです。明石の入道も、なぜに、あんなに遠いところにおられたのか。都人には、我慢できないことでしょう。
目にはいる景色が違うのですから。
現代人もおなじです。都会に住み続けるのは、田舎の景色が寂しすぎるからでしょう。そんな気がします。http://www.ap4.co/epiler-vio/

身近なところが、すべて社会だったのでしょうね